遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

細雪/谷崎潤一郎

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細雪     谷崎 潤一郎

      新潮文庫 (上・中・下)各¥460 ¥540 ¥620




私は関西在住。


父親の入院先で、お隣のベッドの患者さんの奥様の言葉に、聞き惚れていた。

たおやかな標準語で、入院中の旦那さんに話しかける。


「あなた、リンゴ召し上がります?」「先生はなんと仰ってました?」

「タオルの予備、置いておきますから、お使いになってくださいね」

関西の女性は、旦那にこんな言葉遣いはしない。

年老いたご主人は、奥様とは正反対の、しかし、完璧な京言葉を操る人であった。


関西人が耳にするきれいな標準語には、惚れ惚れとしてしまう。

ことに女性の麗しき言葉に…。

テレビなどのメディアで耳に馴染みがあるのに、生で聞くその言葉はまったく違う響きで伝わる。



谷崎潤一郎は、私と反対に、女性の関西言葉が麗(うら)らかに響いたようである。

かれが、「関西女性の艶やかさは、東にはないものだ」と、語っていたのを、

NHKのアーカイブスで観たことがある。


大阪の船場の蒔岡家の四人姉妹、鶴子・幸子・雪子・妙子の四季を描いた「細雪」。

舞台は、六甲山の麓の芦屋。時代は昭和初期。

1938年(昭和13年)の神戸大洪水が、この物語のクライマックスのひとつであり、

谷崎の筆致は、その模様をドラマチックに再現させている。


彼女たちは、上流社会のお嬢さんたちではある。

春には平安神宮の花見に繰り出し、師走には南座の顔見世に出かける。

そういう贅沢は、豊かな現代のお嬢さんたちはお得意であり、

そして、幸せになりたいと願う気持ちも、今も当時も同じであろう。



嫁いだ家を背負っている鶴子と幸子。その重さが違うのではあるが…。

これから、幸せになりたいと願う、雪子と妙子。その願いの深さが違うのではあるが…。


この美しい四姉妹の人生の四季と、関西の四季を堪能されたい。

谷崎潤一郎の紡ぎだす麗らかな関西言葉を、ぜひ賞味されたい。