私は関西在住。
父親の入院先で、お隣のベッドの患者さんの奥様の言葉に、聞き惚れていた。
たおやかな標準語で、入院中の旦那さんに話しかける。
「あなた、リンゴ召し上がります?」「先生はなんと仰ってました?」
「タオルの予備、置いておきますから、お使いになってくださいね」
関西の女性は、旦那にこんな言葉遣いはしない。
年老いたご主人は、奥様とは正反対の、しかし、完璧な京言葉を操る人であった。
関西人が耳にするきれいな標準語には、惚れ惚れとしてしまう。
ことに女性の麗しき言葉に…。
テレビなどのメディアで耳に馴染みがあるのに、生で聞くその言葉はまったく違う響きで伝わる。
谷崎潤一郎は、私と反対に、女性の関西言葉が麗(うら)らかに響いたようである。
かれが、「関西女性の艶やかさは、東にはないものだ」と、語っていたのを、
NHKのアーカイブスで観たことがある。
舞台は、六甲山の麓の芦屋。時代は昭和初期。
1938年(昭和13年)の神戸大洪水が、この物語のクライマックスのひとつであり、
谷崎の筆致は、その模様をドラマチックに再現させている。
彼女たちは、上流社会のお嬢さんたちではある。
そういう贅沢は、豊かな現代のお嬢さんたちはお得意であり、
そして、幸せになりたいと願う気持ちも、今も当時も同じであろう。
嫁いだ家を背負っている鶴子と幸子。その重さが違うのではあるが…。
これから、幸せになりたいと願う、雪子と妙子。その願いの深さが違うのではあるが…。
この美しい四姉妹の人生の四季と、関西の四季を堪能されたい。
谷崎潤一郎の紡ぎだす麗らかな関西言葉を、ぜひ賞味されたい。