遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

波のうえの魔術師/石田衣良

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波のうえの魔術師     文春文庫
石田 衣良 (著)    価格: ¥500 (税込)


先月上京した際、新幹線の隣に居合わせた若者。
スーツを着て、大きな鞄を持っていたので、
出張の行きか帰りかのビジネスマンといった風体だった。

私は隣でしばらく眠っていたのだが、目が覚めて読み物を始めたとたん、
隣の若者、やおら鞄からパソコンを取り出し、パシャパシャやりだした。
私に気を遣って、それまで自重していたのだろう、
新幹線の中でやっつけたい仕事があったのだろうか、しばらくPCを操っていた。
ものの30分くらいの時間で、PC操作を終えた彼の傍らに、
冊子状のものが見えたので、私はちらりと覗く。
カブドットコム証券」の文字がみえた。
ネット証券のパンフレットのようであった、あるいはトレードの操作説明書だったかもしれない。
おそらく彼は、株マーケットのウォッチをしていたか、株の売買をしていたのであろう。

通勤途上で、若い女性が株取引の話をしているのを聞くこともあるし、
ブログでは、株取引でどうのこうのという記事とも、よく出くわす。
株や為替のネットトレード花盛りの昨今である。

石田衣良の「波のうえの魔術師」は、
株トレードのお話が、物語の中心をなす。
幸田真音の「日本国債」は、国債トレードの話で面白かったが、
国債より株のほうがずっと分かり易いか。

この小説は昨年読んだばかりで、
何年か前に放送されたテレビドラマ「 ビッグマネー 」の原作だと、
教えてくれた職場の若い連中にも、読ませてやった。
彼らにも好評であった。

株の相場師とも言える老人と、その老人に目をかけられて、
株トレードの手ほどきを受け、フリーターから一人前の大人になっていく青年を描いた、
経済小説のほのかな香りも漂う青春小説である。

株の値動きをトレースすると、波のような線形になり、
その波に乗ったり、やり過ごしたりして、
売買を繰り返して成功を積み上げていく魔術師。

株価の波のうねりは、時に実体のないことがある。
今般の株式分割にかかるライブドア粉飾決算疑惑などが、
実体のない波を、この場合は右上がりのうねりを作りだすのである。

この小説の「波のうえの魔術師」とは、主人公の青年が命名した、
彼をある仕事のためにスカウトした相場師の老人の別名である。
この老人と青年が、こともあろうに、
「実体のない波を作り出す」というのが、この物語の本筋である。
どうやって波を起こすかは、ばらさないが、さほど難しくなく、
さりとて有り得なくもないところが、著者の勉強の後がうかがえる本筋である。
株やってるんだろうな。

本筋ももちろん面白いが、老人のダンディに生きるためのこだわりや、
それに影響されて青年が成長していく過程も、ほんわかとイイ感じである。

この作品には、顔の見えない悪は登場するが、
主な登場人物は一様ではないが、いい人たちばかりである。
いい人たちばかりであるが、人生の荒波に揉まれても、
沈まない、したたかな人たちである。

「たゆたえども沈まず」なのである。めでたしめでたし。