遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

谷川浩司著「藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道」を楽しみました

藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道  谷川浩司 (著)  (講談社+α新書)

著者の谷川浩司(60)は1962年生まれの棋士で、第十七世「永世名人」である(「永世名人」は、通算で名人在位5期以上の棋士に与えられる称号)。

将棋の名人は約400年前に、家元制度として半ば世襲の名称として誕生したが、昭和13年(1938年)以降、タイトル戦の勝者が名乗る称号となった。

現在の「順位戦」の頂点に名人がいる形になったのは昭和22年(1947年)からで、そこから永世名人は第十四世名人の木村義雄(在位8期)にはじまり、十五世大山康晴(18期)、十六世中原誠(15期)、十七世谷川浩司(5期)、十八世森内俊之(5期)、十九世羽生善治(9期)まで6人を数えるだけである。

谷川は、60歳になったことを機に過去の栄誉を称えられ引退を待つまでもなく永世名人を名乗ることを許されたはじめての棋士である。その十七世名人が藤井聡太と歴代の名人や現在の将棋界を語ったのが本書である。

藤井は、現在渡辺明名人に挑戦している最中だが、本書が書かれて上梓されたのが2023年1月なので、藤井が名人戦の挑戦者に名乗りを上げる前のことである。

ことほどさように、藤井の活躍は目覚ましいものがあり、少しの時間のずれであっという間に名人になってしまうほどの実力者である。谷川も、藤井は間違いなく名人になる人物だとして本書を著わしていて、なぜ藤井が強いのかを本書でプロとして分析している。

藤井聡太がAIを駆使して強くなった要素よりも、「心技体」の完成度が卓越した棋士として藤井を見ていて、自分の若かりし日と比べてのその指摘は的確なもので説得力がある。

AIを使って予め研究してきたところから実践は分岐していくのだが、そこからの戦略の創造性が「心技体」によるところが大きく、他の棋士の追随できないところだと指摘するのである。

谷川は5歳で将棋を覚えて、半世紀以上将棋に携わってきた現役のプロのプレーヤーで、プロならではの目利きとしての語り口が興味深くて、一気読みしてしまった。

私は50年前に、中原誠のファンとして遅ればせながら将棋を覚えた一人だったが、実は谷川浩司名人誕生とその後に頭角を現してきた羽生善治の出現で一旦将棋から遠ざかった。彼らの登場で中原時代が終わり、将棋に興味を失ってしまったのがその原因だったが、いまから6年前に藤井聡太がデビューして、また「観る将」の世界に戻ってきた。

そして、いまは、私から将棋を遠ざけてしまった谷川浩司羽生善治藤井聡太や今の将棋をどのように語るかも、将棋の世界を楽しむ要素の一つになってきた。

その点からも、本書に興味を持っていた。ネットで楽しむ「観る将」の枠外のエピソードも広く楽しめる一冊であり、よき読み物であった。

藤井聡太は、将棋の約500年の歴史上、もっとも強くて優れた棋士だと思うし、もっとも将棋が好きな棋士だとも思う。

本書のおかげで、藤井聡太の「考えて、考えて、考え抜く」姿勢を生で見られる時代に居られて、心底幸せだと再認識できるのだった。