遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

交通事故やコロナに気を付けて、おはようおかえり!

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上の画像は青森の小学6年生が地元の言葉で表したすばらしい交通安全標語です。
こいんだば
わんつかねでがら
ひっぱりへ

これ、全く意味がわかりませんが、意味を考えていたら交通事故を起こしそうな標語ですw
翻訳してくれた方がいて
(頭が舟を)こいでしまうくらい(⇒眠たい)のなら
ひととき、つかの間でも 寝てから
(車を)引っ張りなさい(⇒運転なさい)
という意味なのだそうです。これ青森の方は理解できるのでしょうか、すごいですね。

こういう素晴らしい方言文化を矯正させない国は、有りですね。

これに比べたら、関西弁は第二標準語(昔は天皇も使っていた第一標準語?)と言ってもいいほどわかりやすいなじみのある言葉になりましたね。

先週最終回を迎えた朝ドラ「おちょやん」。
最後の方で、千代が一平に会いに行くシーンで幼なじみのみつえが送り出すシーンで口にした「おはようおかえり」

あの一言にウっと涙腺が緩んでしまいました。ドラマをずっと見ていた人には、私のウっと来たことがお分かりかと思いますが、「おはようおかえり」に込められたみつえの気持ちが見る側に伝わってくるいいシーンでした。戦争未亡人になったみつえ役の東野絢香が、回を追うごとにだんだんチャーミングになっていくのも楽しいことでした。

子どもの頃、学校に行くときに「行ってきます」と言うと母や祖母が「おはようおかえり」と声をかけてくれました。

「おはようおかえり」は文字通り「はやくかえってきてね」という意味ですが、「無事に帰ってくるように」というおまじないのような意味も含まれているように思います。けがをしたり事故に遭えば早く帰ってこれないですからね。

ただ、子どもの頃の私が出かける父親に言った「おはようおかえり」は、まさしく「早く帰って来てね」という意味で使っていました。父親が好きな子どもだったこともありますが、父親が家に居ると、会話はほとんどしないにもかかわらず、何だか安心感が漂っていて心が安らぐ感じでした。

今の世のお父さんは、小さなころから子どもたちと接する機会が多くて子どもたちに好かれている人が多いかと思いますが、残業や飲み会で帰宅時間は遅いでしょうね(いまはコロナで少し改善)。働いているお母さんは、お父さんよりもさらに必死で仕事を片付けて帰ってこられていることでしょう。

日本が成熟した国になる条件のひとつは、家族一緒の時間が長くとれることかもしれません。

家族で夕飯が食べられる機会が増えれば、偏見や差別はいけないことだと子どもたちに親が言えたり、逆に「お父さん、その考えはダサい」「お母さん、その心配は無用」みたいなことを親が教えられたりするかもしれませんし、毎日家族会議ができて楽しいと思います。

60年前の貧しい時代に、TVドラマで観ていたアメリカの理想的な家族のドラマ。明るくて豊かなファミリーは当然作りものですが、ああいうファミリーに近い暮らしをしてもばち当たりではないだろうと思います。

コロナのまん延がひと段落したら、日本の新しい暮らしを考えていくことが大事だと思います。それは革命が成功するより大変なことだろうとも思いますが、子どもたちが哀しい社会は「おちょやん」の頃から何にも変わっていないと思います。

ということで、交通事故やコロナに気を付けて、おはようおかえり!