遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

東アジアの悲しみが詰まった小説「パチンコ」を読了!

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パチンコ (上・下) ミン・ジン リー (著), 池田 真紀子 (翻訳) 文藝春秋

「ベストセラーで読み解く 現代アメリカ」という本で紹介されたのが「パチンコ」。一目で、在日朝鮮人を扱ったものと分かるタイトルだった。素晴らしいことに、日本語に翻訳されて上梓されていた。鏡で醜い自分を見る覚悟で本書を手に取った。

上下2巻のかなりのボリュームだったが、1910年から1989年までの主人公ソンジャと彼女の一家の物語を一気に読んだ。

現在は釜山と二つの橋でつながる影島(ヨンド)、主人公のソンジャは、1910年代半ば(大正初期)に極貧の家に生まれた。

妻子ある在日コリアンのハンスの子を身ごもったソンジャは、おなかの子を産み育てることを決意する。ソンジャは、故郷の影島を後にして、先に海を渡った兄を頼って大阪へ向かうのだった。

物語は、釜山から大阪、横浜、長野を舞台に、一家で日本に渡った在日コリアン一家、ソンジャの父母から、ソンジャの孫ソロモンまでの四世代にわたる一家を描いた大河小説だ。日本に渡った家族は、露店の行商を経てパチンコ業界に携わって安定した暮らしを手に入れる。

著者の ミン・ジン・リーは、1968年にソウルで生まれて幼少期に米国に移住した。夫は日米のいわゆるハーフと呼ばれる日系アメリカ人。
リーは、1989年に大学で「在日」というキーワードで小説を書き始めるが、その後弁護士資格を取ったものの、在日コリアンを描いた小説を完成させることをあきらめられないでいた。

そんな折、夫の転勤で日本に一家で東京に赴任して、2007年から2011年まで住むことになった。彼女は4年間の滞在中に数十人の在日コリアンに会って話を聞いた。そして、彼女はそこまで書きためていた件の小説の草稿をすべて破棄して、新しい小説を書き始めたという。朝鮮人を主人公にした日本が舞台の英語で書かれた大作で彼女は成功を勝ち得た。そして、有難いことに、日本語に翻訳されて読むことができた。

本書は、日本で差別を受けたり貧しい生活を強いられたソンジャを中心とした在日コリアン一家が描かれる。貧困であることに加えて、半島が分断されたことや帰化が難しいことや就職や就学が困難なことなど、本書を読んだ世界中の人たちが驚くような在日実態が詰まっている。

ただし、日本人や日本を糾弾するような色合いはあまり感じない。夫が日系人だということも関係するのかもしれないが、良くしてくれる日本人を登場させて、すべての日本人が差別に対する考え方が同じではないことも著している。

一家の中心的存在が「パチンコ」で、物語の核となるのが登場人物たちが語る「日本は変わらない国」「苦労は女の宿命」という言葉だった。1968年生まれの著者のリーは、1910年代半ばに主人公を出生させたが、息苦しい日本が誕生したのもその頃ではなかっただろうか。その息苦しさは、いまも同じであることが哀しい。

身勝手な男の陰で、妻として母としての女性の苦しむ声や嗚咽が際立って聴こえてくるのが特徴的で、そのことが幸せに直結するという律し方が朝鮮人の特性なのだろうか。私はそのことに悲しくも感動を覚えた。

パールバックの「大地」や小津の「東京物語」のエッセンスも感じられた。