遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

中止になった「祇園祭」「博多祇園山笠」「小倉祇園祭」

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今春から福岡で生活を始めた娘一家は、コロナ禍の中何とか福岡の生活を楽しんでいます。保育園に通う孫は、片言の博多弁をしゃべるようになったそうですw。

20万円のトヨタの中古車を買い、水族館の年間パスポートを取得し、休みの日には家族で出かけまくっているようです。先日は下関まで足を延ばしていたようでした。
福岡もコロナの感染者は少なくないので、少し心配もしていますが、はじめての福岡を満喫しているようでなによりです。

ところで、今夏は京都の祇園祭山鉾巡行が中止になったり、博多では祇園山笠の開催が見送られました。この「祇園」関連でいいますと、小倉祇園祭も中止となりました。(博多どんたくも中止でした。)

そのどれもが、先の大戦で中止になった以来の見送りだということで、まさにいまは有事の事態だと言えましょう。

ちなみに、京都では「先の戦争…」は太平洋戦争ではなく「応仁の乱」のことですw。(応仁の乱でも祇園祭は30年間も中止されたようです。)

ところで、「祇園」祭りが全国にどれくらいあるのか検索してみたら、その多さに驚愕してしまいました。
http://www.gionmatsuri.jp/all-gion/

この祇園祭の広がりは、現代でいうと「ソーラン踊り」や「よさこい祭り」のようなお祭りが各地に増えているのと同じ現象でしょうか。

祇園祭は疫病を払い、地震や噴火などの天災を鎮めるために、863年に朝廷の命で始まったとされていますから、新型コロナによる中止というのはなんだか象徴的な出来事ではあります。また九州地方は、いまも集中豪雨により被害が拡大しています。球磨川流域ではまた洪水が発生しているようです。

あらためて考えてみると、1200年もの昔から日本という国には、疫病と自然災害、大戦や内戦や原爆や原発による核の厄災も多くありました。世界有数の優秀な人間が暮らしているわりに、同じ苦しみから脱していない状況も多くあります。

その多くの責任は政治にあると言えましょう。1200年前の朝廷は、「神頼み」で疫病や災害を鎮めようとしましたが、今の政権は何も手を打たないことで言えば、国のリーダーとしては有史以来最低の集団ではないでしょうか。

今後も苦しい状況は続くでしょうが、とりあえず来年は福岡の娘一家が福岡のお祭りも楽しめるようになることを願っています。加えて、国中のすべてのお祭りが来年は滞りなく行えることを願ってやみません。

ということで、お口直しに無法松の一生~度胸千両入り」をお楽しみください。

もともと「無法松の一生」と「度胸千両」は、1958年7月に発売された村田英雄のデビューシングルのA面とB面の関係だったそうですが、両方がミックスされると素晴らしい相乗効果を生んでいます。作詞は吉野夫二郎、作曲は朝ドラ「エール」でもおなじみの古賀政男

本家の村田英雄はもちろん素晴らしいのですが、美空ひばりのテレビでのライブ歌唱が天下一品なのでよろしければお聴きください。とりわけ「空にひびいたあの音は~」からはじまる挿入された「度胸千両」は絶品です。

歌うとはこういうことであります。

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