遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

派遣の品格はここにある、古谷田奈月著「神前酔狂宴」

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神前酔狂宴 古谷田奈月 (著) 河出書房新社

 

2020年、自身一発目の小説、これを超える小説に今年出会えるだろうか。

週刊誌や新聞の書評は、内容は全く読まないが、評した人の名前と取り上げられたこと自体を信用してタイトルをチェックしてその書籍を読み始めることにしている。

今回ご紹介する古谷田奈月著「神前酔狂宴(しんぜんすいきょうえん)」も同じ慣行に従って手に取った。

18歳のフリーター男子2人、浜野と梶が、高堂神社の経営する結婚式場高堂会館の派遣社員として採用されることから物語が始まる。その「つかみ」からすでにわくわくした。

時給1200円(2003年当時としては高給)からスタートした2人は1600円を目指して結婚披露宴会場の給仕としてバリバリ仕事を始める。

高堂会館には、近隣の椚(くぬぎ)神社から常勤の応援部隊が派遣されていた。その椚神社から来るのろまな応援部隊が浜野と梶にとってはどうにも足手まといだった。採用されてから3年ほど経ったころ、神社同士のしがらみの中で応援部隊を受け入れざるを得ない状況を打破したい彼らの前に、倉地という女子大生が椚神社の応援部隊に加わった。

椚が高堂の足を引っ張っていると認識している倉地は、同い年の浜野と梶と意気投合して、職場から遠く離れた居酒屋で密会を重ね、高堂会館の改革を画策しだした。

若手の3人が、結婚式場である職場を善くしていこうとするストーリーに熱くなる。しかしそれだけでは単なる青春小説、あるいはカイゼン小説なのだが、小説舞台が二つの由緒ある神社であることが、もうひとつの大きなメインストリームになる。

神社の経営する結婚式場で働くことに自己矛盾を感じつつ、結婚式披露宴の主人公である新郎・新婦に献身的に仕える浜野の気概が清々しい。

主人公浜野と「神・神社」や「国家神道」との距離感は、私と共通する。神も仏もあるものかというような乗りよりもっと深く、浜野は天皇や戦争や神格化された軍人のことに思いを至らすことのできる青年だった。

先にも書いたが、著者の古谷田奈月のことも本書のあらましも全く知らずに読み始めたのだが、倉地が登場してきて彼女が真ん中付近に座り始めて、私の行きたくないところに連れていかれるのではと思ったことに今となっては思い過ごしだったと笑える。

浜野の出身地松本の両親や長姉も登場して、家族やジェンダーについての浜野の思いも書かれていて、近代日本、戦争、神道、結婚、家族、非正規職など、著者の思い入れのほぼすべてを浜野が体現している。日本特有の近代化の「ささくれ」を、取材もきちんとしたうえで(だろう)、この小さな結婚式場によくも詰め込んだものだと、古谷田奈月の手並みに感心する。

2007年に始まった物語は、東日本大震災を経て東京五輪の工事が始まり現在に至る。

現実の社会も人の心の置き場も激変した東京。高堂会館での結婚式披露宴は、常識的でないファンタジーな様相を呈してくるが、それが非現実ではない時代に突入して久しいことに読み手は気付くのだろうか。

その間、倉地は椚神社に正社員として仕える身になったが、浜野と梶はずっと高堂の派遣社員であった。派遣の品格はここにある。

 

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◆古谷田奈月(1981年生まれ)
2013年『今年の贈り物』(のちに『星の民のクリスマス』と改題)で第25回日本ファンタジーノベル大賞を受賞
2017年『リリース』で第34回織田作之助賞受賞
2018年「無限の玄」で第31回三島由紀夫賞受賞
   「風下の朱」で第159回芥川龍之介賞候補
   『望むのは』で第17回センス・オブ・ジェンダー賞大賞受賞
2019年『神前酔狂宴』で第41回野間文芸新人賞受賞