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あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

犯人は近隣に住む?「つけびの村  噂が5人を殺したのか?」高橋ユキ

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つけびの村  噂が5人を殺したのか?   高橋ユキ  晶文社

 

「つけびの村」を読んだ。本書は、「平成の八つ墓村」殺人事件と呼ばれる事件の高橋ユキによるルポルタージュが書籍化されたもの。
その事件とは、2013年に山口県周南市限界集落で起きた、4軒の家の5人が殺害され2軒が放火による全焼に見舞われた事件。

私の記憶の中では「ああそんな事件があったな」くらいのもので、「そんなにも前の事件だったか」と今になって思う。
なのに覗き見趣味が支配する興味本位で、私は本書を読んだ。

私が育った山村は、65歳以上が人口の50%を超える限界集落になっているが、事件のあった集落は事件当時の人口は8世帯に12人が暮らす限界集落だった。

犯行に及んだのは、40歳ころに東京から生まれ故郷にUターンしてきた63歳のワタルだった。

筆者の高橋は、この事件の雑誌掲載記事を依頼されて周南市での取材を始めたのだが、結局雑誌には掲載されず取材費も出ず、ネットサイトの「note」に有料記事として掲載した。そのルポがSNSで評判になり、書籍化しないかと各社の編集者がアプローチしてきた結果、本書が刊行された。

サブタイトルの「噂が5人を殺したのか? 」の真相がここに書かれていて、ワタルを含めたわずか12人の人物のムラ社会が観察できる。

ムラ社会で育って成人になった私は、ムラとかかわりを持つようになって、実に面倒な社会に自分は育ったものだと思ったのだが、いったんムラの外に出て東京で働いていてUターンしてきたワタルにとっては、20人以下のコミュニティとはいえ、別世界にワープした感があったのだろうか。それとも、東京も田舎も同じだと思ったのだろうか。

ネットやSNSでは、そんな都会帰りのワタルが長い間排除され「村八分」になって、その鬱積が爆発して犯行に及んだという考えが支配していたが、著者はそれが本当だろうかと聞き込みをする。子どもを旦那に預けて山口に単身で乗り込んで真実を探る過程がここにある。

事件が起きた小さな12人の集落と同じようなコミュニティは日本中に多く存在するだろう。また、「うわさ」を共有する小集団は、無数に存在するだろう。職場や地域やママさん仲間や教室や各種団体などの中に無数に存在する。これらは、相当面倒くさい集団だと思う。そして「うわさ」をよりどころとする「いじめ」も無数に存在するかもしれないし、それは思い過ごしかもしれない。

日本の面倒くさい縮図が、この小さな限界集落に見出せる。

この事件のおおよその真相は、著者が本書で明らかにするが、今も昔も「八つ墓村」に似た事件の犯行におよんだ人間は類型化できるような気がする。そして、私たちはワタルのような隣人と暮らしているかもしれない。でも、悲惨な事件はなんとか抑えることができるかもしれない、どうしたらいいのだろう。

そんなことをぼんやり考えつつ読了したのであった。

 

「つけびの村」目次

  1:発生
  2:夜這い
  3:郷
  4:ワタル
  5:その父、保見友一
  6:疑惑は静かに潜む
  7:コープの寄り合い
  8:保見家
  9:うわさ
  10:ワタルの現在
  11:くねくね
  12:書籍化の経緯
  13:古老の巻
  14:ふたたび郷へ
  15:ことの真相
  16:山の神様
  17:春祭り
  18:判決